ちょっくら暇なんですわ
連続投稿です。
えー、えーーっと実は先日母が亡くなりまして。
今週はほぼ一週間忌引きのお休みをいただいております。今の気持ち整理するのと、ドタバタしてゆっくり話せるのはちょっと先になりそうなので、少しばかりオフ友にも詳しく状況報告もかねて文字にします。
忠実にあったままをかきますので、人によっては衝撃的かもしれません。
以下続きは独り言と思ってくださいませ。
えー、えーーっと実は先日母が亡くなりまして。
今週はほぼ一週間忌引きのお休みをいただいております。今の気持ち整理するのと、ドタバタしてゆっくり話せるのはちょっと先になりそうなので、少しばかりオフ友にも詳しく状況報告もかねて文字にします。
忠実にあったままをかきますので、人によっては衝撃的かもしれません。
以下続きは独り言と思ってくださいませ。
2月10日、母と二人で夕食を食べ、夜中釣りが終わった彼氏が泊りにきてました。
夜にお風呂に入った音も聞いたし、私が夜中飲み物を取りにいったときには布団で寝ていました。彼氏がお風呂に入るのに1階へ降りましたが、リビングを通らなくても行ける間取りで時間も遅かったため彼氏も私も、その後母の姿は見る機会がありませんでした。母はリビングに布団を敷いていつも寝ています。
2月11日、昼頃二人で目が覚めて、顔を洗って私は一人キッチンに行き昼ごはんを作ろうとしました。
母のカバンがテーブルに置いてあり、エアコンとテレビがつけっぱなしで、隣の家にでも行っているのかと思いました。
昼ごはんの支度にかかる前にトイレに、と思っていくと電気がつけっぱなしで扉が閉まっていました。なるほど母は飲みすぎてトイレ内でグロッキーか?なんて思ってノックしたけど返事が無く、でも鍵はかかってなかったので開けるとそこにはズボン類をおろし便座にまたがり、タンクにもたれかかるように母が居ました。
一目見て、もうだめだとわかりました。顔に血の気はなく唇は青みが買った肌色、目は半開きでだらんと力の入っていない姿。肩を叩いて耳元で読んで、手首と首で脈をとって、口元に耳と手それぞれを近づけて呼吸を確認しました。胸元身耳をつけてもまったく何も聞こえない。どこに触れた時もすでに体温はなく、少し硬直が始まっていたように思います。
急いで2階の自室に戻り彼氏に亡くなっていると伝え携帯を持って一階のトイレへ。彼氏が私の後ろからトイレをのぞいている状態で、私は再度脈等を確認したうえで救急車・警察へ連絡をしました。待っている間父や兄へ連絡し、救急車の方々に今までの時系列と、発見した時の状況などを説明しました。
一通り説明し終わって隊員の方々が体の確認をして、警察の到着を待っている間彼氏に引き寄せられ初めてそこで涙が出ました。
そのあとは家族全員帰ってきて、警察の方と事情聴取等をし、彼氏とミントの散歩をした甥達の世話をしたりしていました。
自宅で亡くなった場合事件性がないかを調べるため、検死が行われます。事情聴取も一人ひとり別の部屋で行いました。
面白いもので、私の収入や彼氏との交際歴等も結構つっこんだ話を聞かれました。結婚を前提に長いお付き合いをしている間柄ということで。月々の収入が低くてびっくりされ、ボーナスの金額を聞いてなるほどねなんて納得されて。ところどころ安心させるためにやんわりと冗談を言ってくれたり。貯金額も話しました。
家の間取りや近所との関係、いろいろとやるもんなんですね。たしか亡くなる何日とか前(どのくらいだっけな)に医師にかかっているかどうかとかも基準としてあったような・・・気がしましたけどよく覚えてません。母の病歴は私が小さいころに子宮筋腫を患って入院したのと、高血圧で一時期薬を飲んでいたこと、そして太りすぎなことぐらいしかわかりません。高血圧の薬は、治ったのかそれとも自主的にやめてしまっていたのか。たぶん後者です。何か体調が悪くなったり異変があれば私には話してくれる母で、そのつど病院代は私が払うから気にせず行くよう言ってあったので、最近は気にして言ってくれていたと思います。
そんなこんなで一通り終わり、彼氏は夜遅くまで私のそばにいてくれました。
親族や会社、友達へ簡単に連絡をして、一日目がおわりました。
今日、検死が終わりこれから自宅に母が帰ってきます。葬儀の日取りもほぼ決まり、私はフォーマルのを一式買いに出かけてきました。
どうしても今週に終わらせなければいけない一人仕事があり、葬儀の日程と合わせて上司に相談の連絡を入れたところ、一日だけ、夕方から会社に出勤してみんなでかたをつけようということで落ち着きました。上司の優しすぎる声色とサポートに、思わず涙がこみあげてきてしまって最後のほうは鼻声でききとりづらかったんじゃなかろうかw
自分が1階に降りたときにのぞいていたらよかったのに、そばにいてやることしかできない自分がくやしいと、そんな風に考えてくれた彼氏。でも、きっと亡くなったのは朝、出かける支度をしようとしてトイレに入ったところで何か体に起きたんだと思います。死因はこれからわかりますが、寒い季節、脳こうそくや心臓が急にということもよく聞く話です。
私が気丈すぎてそれが逆に心配で、と言われました。父にもしっかり家で対応してくれて助かったといわれました。私は、そんなつもりはなかったです。なぜでしょうね、変に冷静でいられたんです。でも今回も兄に電話した時点でどばっと涙があふれてしまい、自分でびっくりしました。以前自宅が家事になった時もそうでした。兄の声を聴いた途端、少しだけ冷静じゃいられなかったんです。不思議です。確認作業をしていた時も、なぜか、冷静でいられました。誰かがそばにいたというのも大きかったんだと思います。そして自分しか今やれる人はいないと、心の中で分別がついていたんだと思います。なんだか私よりも落ち込んでしまっているように見えた彼氏には「女ってこういうときそんなもんらしいよ」なんて答えてみたり。
彼氏が想像していたよりも、私は静かに泣き、警察の方や救急隊の方としっかりと話をしていたそうです。ミントの散歩をしていた頃には、少し落ち着いてました。偶然とはいえ、こういう事態に巻き込んでしまったという気持ちが私は大きく、こんなに落ち込んでしまって申し訳ないとすら思いました。一度だけごめん巻き込んじゃってとあやまったら、怒られたでござる。いきがんじゃねーアホと頭たたかれたでござる。でもどうしてもそれだけは心にあります、が、もう口にしないときめました。言うならありがとうにしよう。
ただどうしても一人部屋にいたり車を運転していると涙ぐんでしまっていて大変です。ミントが心配してすり寄ってきます。でも、無理して笑っているわけじゃないです。ただ、あの時の母の姿は目に焼き付いていて、それがふと思い出されてしまっていまさらになって、泣けていなかった分涙が出ているんだと思います。絶望だとか落ち込んだりだとか、気が滅入っているだとか、そいういうのはないです本当に。ただ悲しいだけです。
親孝行ができなかっただとか、そんな後悔してもしょうがないんです。誰もがそう思うし、死はこうやって突然くるものだと。でも、花嫁姿と私の子供を産むまでは、生きていてくれて当たり前だと思っていた自分と周り。でも、でもその理由で結婚をせかしたくもないし、私だってそうです。私たちのペースで、ゆっくり、幸せに絶対なります。それが親孝行だと信じて。
しっかりしなくちゃとか無理に頑張っているつもりもないし、するつもりもない。私は私、これからも笑ってバカ騒ぎしていっぱい思いで作って子供産んで。願わくば、父が生きているうちに。父自身も自分のほうが先だと思っていただろうに。拡張型心筋症で心臓移植しか方法がない、そんな病とずっと共に生きてきて、仲が良かったわけではないけど甥達が生まれてからは喧嘩することなく、ちょうどいい距離感で母と過ごしていたと思います。
今は泣きたい分泣くつもりです。ただただ悲しい。よかったことに食欲も全く変わらず、抱え込んでるわけでもなく、穏やかに家族全員式の準備を進めています。
仕事、1,2日は出るつもりだったんですが上司が休んどけっていうので、変に暇です。ので、ネットうろうろしたりしてます。暇です。暇なんです。どうしましょ。
そんな矢先みあまさんのブログ見て、本当に笑いました。んでもって、なんでこうフィーリング的なものというかタイミングが、とも思いましたwもちろん良い意味です。元気をもらいました。そんなつもりは毛頭ない、でしょうけども、ほっこりしました。ありがとうございます。
会社の人も友達もそれぞれメールをくれて、それを見ては幸せだと思っています。深琴には連絡係をお願いしちゃったけど、助かったよー。私は、悲しいけどいつもどおり、元気です。心配してくれてありがとう。母はああいう人柄だから、みんなで笑って送ってあげたいね。ただ、ミントがダイブしてきてできた瞼の傷跡が痛いです。化粧できないじゃない。
おなかへってグーグーうるさいので夕飯のカレー作ってくる。
夜にお風呂に入った音も聞いたし、私が夜中飲み物を取りにいったときには布団で寝ていました。彼氏がお風呂に入るのに1階へ降りましたが、リビングを通らなくても行ける間取りで時間も遅かったため彼氏も私も、その後母の姿は見る機会がありませんでした。母はリビングに布団を敷いていつも寝ています。
2月11日、昼頃二人で目が覚めて、顔を洗って私は一人キッチンに行き昼ごはんを作ろうとしました。
母のカバンがテーブルに置いてあり、エアコンとテレビがつけっぱなしで、隣の家にでも行っているのかと思いました。
昼ごはんの支度にかかる前にトイレに、と思っていくと電気がつけっぱなしで扉が閉まっていました。なるほど母は飲みすぎてトイレ内でグロッキーか?なんて思ってノックしたけど返事が無く、でも鍵はかかってなかったので開けるとそこにはズボン類をおろし便座にまたがり、タンクにもたれかかるように母が居ました。
一目見て、もうだめだとわかりました。顔に血の気はなく唇は青みが買った肌色、目は半開きでだらんと力の入っていない姿。肩を叩いて耳元で読んで、手首と首で脈をとって、口元に耳と手それぞれを近づけて呼吸を確認しました。胸元身耳をつけてもまったく何も聞こえない。どこに触れた時もすでに体温はなく、少し硬直が始まっていたように思います。
急いで2階の自室に戻り彼氏に亡くなっていると伝え携帯を持って一階のトイレへ。彼氏が私の後ろからトイレをのぞいている状態で、私は再度脈等を確認したうえで救急車・警察へ連絡をしました。待っている間父や兄へ連絡し、救急車の方々に今までの時系列と、発見した時の状況などを説明しました。
一通り説明し終わって隊員の方々が体の確認をして、警察の到着を待っている間彼氏に引き寄せられ初めてそこで涙が出ました。
そのあとは家族全員帰ってきて、警察の方と事情聴取等をし、彼氏とミントの散歩をした甥達の世話をしたりしていました。
自宅で亡くなった場合事件性がないかを調べるため、検死が行われます。事情聴取も一人ひとり別の部屋で行いました。
面白いもので、私の収入や彼氏との交際歴等も結構つっこんだ話を聞かれました。結婚を前提に長いお付き合いをしている間柄ということで。月々の収入が低くてびっくりされ、ボーナスの金額を聞いてなるほどねなんて納得されて。ところどころ安心させるためにやんわりと冗談を言ってくれたり。貯金額も話しました。
家の間取りや近所との関係、いろいろとやるもんなんですね。たしか亡くなる何日とか前(どのくらいだっけな)に医師にかかっているかどうかとかも基準としてあったような・・・気がしましたけどよく覚えてません。母の病歴は私が小さいころに子宮筋腫を患って入院したのと、高血圧で一時期薬を飲んでいたこと、そして太りすぎなことぐらいしかわかりません。高血圧の薬は、治ったのかそれとも自主的にやめてしまっていたのか。たぶん後者です。何か体調が悪くなったり異変があれば私には話してくれる母で、そのつど病院代は私が払うから気にせず行くよう言ってあったので、最近は気にして言ってくれていたと思います。
そんなこんなで一通り終わり、彼氏は夜遅くまで私のそばにいてくれました。
親族や会社、友達へ簡単に連絡をして、一日目がおわりました。
今日、検死が終わりこれから自宅に母が帰ってきます。葬儀の日取りもほぼ決まり、私はフォーマルのを一式買いに出かけてきました。
どうしても今週に終わらせなければいけない一人仕事があり、葬儀の日程と合わせて上司に相談の連絡を入れたところ、一日だけ、夕方から会社に出勤してみんなでかたをつけようということで落ち着きました。上司の優しすぎる声色とサポートに、思わず涙がこみあげてきてしまって最後のほうは鼻声でききとりづらかったんじゃなかろうかw
自分が1階に降りたときにのぞいていたらよかったのに、そばにいてやることしかできない自分がくやしいと、そんな風に考えてくれた彼氏。でも、きっと亡くなったのは朝、出かける支度をしようとしてトイレに入ったところで何か体に起きたんだと思います。死因はこれからわかりますが、寒い季節、脳こうそくや心臓が急にということもよく聞く話です。
私が気丈すぎてそれが逆に心配で、と言われました。父にもしっかり家で対応してくれて助かったといわれました。私は、そんなつもりはなかったです。なぜでしょうね、変に冷静でいられたんです。でも今回も兄に電話した時点でどばっと涙があふれてしまい、自分でびっくりしました。以前自宅が家事になった時もそうでした。兄の声を聴いた途端、少しだけ冷静じゃいられなかったんです。不思議です。確認作業をしていた時も、なぜか、冷静でいられました。誰かがそばにいたというのも大きかったんだと思います。そして自分しか今やれる人はいないと、心の中で分別がついていたんだと思います。なんだか私よりも落ち込んでしまっているように見えた彼氏には「女ってこういうときそんなもんらしいよ」なんて答えてみたり。
彼氏が想像していたよりも、私は静かに泣き、警察の方や救急隊の方としっかりと話をしていたそうです。ミントの散歩をしていた頃には、少し落ち着いてました。偶然とはいえ、こういう事態に巻き込んでしまったという気持ちが私は大きく、こんなに落ち込んでしまって申し訳ないとすら思いました。一度だけごめん巻き込んじゃってとあやまったら、怒られたでござる。いきがんじゃねーアホと頭たたかれたでござる。でもどうしてもそれだけは心にあります、が、もう口にしないときめました。言うならありがとうにしよう。
ただどうしても一人部屋にいたり車を運転していると涙ぐんでしまっていて大変です。ミントが心配してすり寄ってきます。でも、無理して笑っているわけじゃないです。ただ、あの時の母の姿は目に焼き付いていて、それがふと思い出されてしまっていまさらになって、泣けていなかった分涙が出ているんだと思います。絶望だとか落ち込んだりだとか、気が滅入っているだとか、そいういうのはないです本当に。ただ悲しいだけです。
親孝行ができなかっただとか、そんな後悔してもしょうがないんです。誰もがそう思うし、死はこうやって突然くるものだと。でも、花嫁姿と私の子供を産むまでは、生きていてくれて当たり前だと思っていた自分と周り。でも、でもその理由で結婚をせかしたくもないし、私だってそうです。私たちのペースで、ゆっくり、幸せに絶対なります。それが親孝行だと信じて。
しっかりしなくちゃとか無理に頑張っているつもりもないし、するつもりもない。私は私、これからも笑ってバカ騒ぎしていっぱい思いで作って子供産んで。願わくば、父が生きているうちに。父自身も自分のほうが先だと思っていただろうに。拡張型心筋症で心臓移植しか方法がない、そんな病とずっと共に生きてきて、仲が良かったわけではないけど甥達が生まれてからは喧嘩することなく、ちょうどいい距離感で母と過ごしていたと思います。
今は泣きたい分泣くつもりです。ただただ悲しい。よかったことに食欲も全く変わらず、抱え込んでるわけでもなく、穏やかに家族全員式の準備を進めています。
仕事、1,2日は出るつもりだったんですが上司が休んどけっていうので、変に暇です。ので、ネットうろうろしたりしてます。暇です。暇なんです。どうしましょ。
そんな矢先みあまさんのブログ見て、本当に笑いました。んでもって、なんでこうフィーリング的なものというかタイミングが、とも思いましたwもちろん良い意味です。元気をもらいました。そんなつもりは毛頭ない、でしょうけども、ほっこりしました。ありがとうございます。
会社の人も友達もそれぞれメールをくれて、それを見ては幸せだと思っています。深琴には連絡係をお願いしちゃったけど、助かったよー。私は、悲しいけどいつもどおり、元気です。心配してくれてありがとう。母はああいう人柄だから、みんなで笑って送ってあげたいね。ただ、ミントがダイブしてきてできた瞼の傷跡が痛いです。化粧できないじゃない。
おなかへってグーグーうるさいので夕飯のカレー作ってくる。
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